一般社団法人
アクション・フォー・コリア・ユナイテッド

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オンラインセミナー「朝鮮戦争70周年、認識の相違と未来」を実施しました

2020/07/28

 6月28日に、「朝鮮戦争70周年、認識の相違と未来」をテーマにオンラインセミナーを実施しました。

 朝鮮戦争70周年のOne Dream One Koreaのビデオと紹介の映像の後、司会の梁知身事務局長がAKUの活動を集会しました。顧問の山田文明「守る会」名誉代表、前県会議員、共同通信社、コリアントゥディ、市民団体などから45名が参加しました。

 登壇者の3名(左から、川崎栄子代表理事、姜英之副代表理事、小川晴久東大名誉教授)



■川崎栄子代表理事 講演内容抜粋
 今日は、6・25朝鮮戦争70年に際して話させていただきます。朝鮮半島は1910年に日本の植民地になり35年間日本の植民地でした。そして日本が敗戦することになって初めて 解放ということになったわけです。

 1948年8月15日に南の方に先に、大韓民国が建国されました。そして9月9日に北朝鮮には朝鮮民主主義人民共和国が建国されたわけで、そして今日まで二つに分かれたままの状態です。上海臨時政府が後で二つに分かれたことによって金日成と言う全く新しい指導者をソ連は打ち出し、そして韓国では北寄りだった金九とか呂運亨そういう人たちを排除してアメリカは李承晩を大統領として立てました。

 金日成は1950年6月25日未明に 38度線全線において進撃を開始しました 。 その日は日曜日でしたから韓国軍もアメリカ軍をみんなお休みの日でした。だから寝耳に水だったわけです。ですから速い速度で北朝鮮が進撃しました。
 高校生になって朝鮮高校へ通うようになって教わったのは朝鮮戦争がアメリカと韓国による北朝鮮を侵略する為の侵略戦争であったと、しかし、北朝鮮行ってみると、日本で朝鮮総連が宣伝した北朝鮮の地上の楽園生活は完全に嘘だったということがバレてしまいました。ただ一度、私が大学3年生の時、先生が「朝鮮戦争は北朝鮮から進撃した」と金日成が南進を主張した時期に聞いたことがあります。

 全土で400万以上の死傷者を出しました。同じ親兄弟が血で血を洗う戦争をしていました。北朝鮮軍がいるときは共和国の旗を立て、韓国軍が入ってきたときは韓国の太極旗を立てるというように毎日顔色を見ながら生活していましたが、人民軍と一緒にある地主の子供が故郷に帰って来たら親が韓国が占領している時に韓国軍と仲良くしてたこと聞いて、自分の親を銃殺したのです。
 それを金日成が認めて共和国英雄になれと私のいた道の副委員長として働きました。戦争とはそれほど過酷なものなのです。でも、結局は全土を破壊し自国民は数百万を殺害しただけで、戦争で得たものはありませんでした。

 朝総連は日本にある米軍基地を襲撃し、民団は志願者を募って軍隊を送りこみ相当な人が戦死をしました。在日朝鮮人も結局、日本国内でも二手に分かれて反目していました。
 アメリカ軍の爆撃がどれほど激烈だったかというと、1211高地という山がありますが高さが1メートルずつ山全体が 低くなったくらい爆撃をしました。アメリカが北朝鮮に原爆を落とすという噂が流れ人々は我も我もと韓国へ逃れました。

 一方でアメリカ軍が撤退時、興南港で自分たちよりも十数倍も朝鮮の人たちが 避難で集まっていたのですが、(武器を投げ捨て)最後までその人たちを連れて南下しました。
 でもその無謀な戦争をまたやろうとしています。あの独裁政権を短期間に退かせ、北朝鮮の民主化を成立させないと朝鮮半島の統一はあり得ません。両方の制度をそのまま置いて統一は出来ません。私は朝鮮人だ、私は日本人だ、そういうふう境界線を引かないで、皆が次の代に本当に平和な地球を残すために、 皆様が一緒に活動してくださることをお願い致します。


■姜英之副代表理事 討論内容抜粋
 朝鮮戦争というのは朝鮮半島の現代史において、すごくエポック(新しく画期的な時代)な事件だと思います。川崎代表がおっしゃったように非常に壮絶な親子が殺しあう残酷な戦争でありました。そこから教訓を得て、これをどうやって今後の朝鮮半島の平和統一に生かすべきなのかということを整理するそういうような機会になったと思います。

「ブラザーフッド」という映画ですが、人気俳優の2人が敵と味方が入り乱れて殺し合う中で最後、ハッと兄貴と弟だということでわかる感動的な場面や、町の人たちが無残に殺されてしまう場面もありました。改めてその映画を見て朝鮮半島の悲劇をなくすために統一をしないといけない。二度と戦争後には起こしてはいけないという気持ちをもたらした映画でした。

 もう一つ映画「国際市場で逢いましょう」は韓国軍が南に撤退し避難するときに、興南港で主人公と妹が繋いでいだ手が離れて妹が海に落ちてしまいます。それが最後の場面でアメリカにいる妹が見つかり涙の感動的な再会をします。ぜひ、皆様も見て頂いて、朝鮮戦争というものがどういうものかよくわかると思います。

 最後に、金大中大統領の太陽政策を単純に適用できないのは北朝鮮が核開発をしたので難しく、今は韓国の国民の意と尊厳を代表して北朝鮮に対して毅然とした対応が文政権は必要です。


■小川晴久東大名誉教授 討論内容抜粋
 朝鮮戦争については 私立大学で二十五年間ぐらい朝鮮近現代史の講義を週一回やりましたが、この戦争はやはり起きてはならなかった戦争だという結論をその授業の中で出しておりました。私自身、早く統一をという意識が弱かった理由は、北朝鮮が1967年以降に唯一思想が登場し金正日によって提起されて中央委員会総会で強引に可決してから全体主義国家になって、難しいと思ってしまったからです。

 しかし、ホン・ミョンヒという人北朝鮮副首相の一人になった人が、自ら民族主義者として一貫してわが民族は絶対に分裂させてはならないと言うこと主張したことを去年の暮れに知り、分断後の朝鮮しか知らない私は新鮮な感じを受けました。また「さらばわが愛、北朝鮮」という映画で八人の若者がロシアの大学に留学させられるのですが祖国の統一の問題を一生懸命考え生涯を送った事とを観て、2つの南北統一の視角を得ました。

 金日成は1956年の8月の宗派事件によって粛清が始まり、そこから強制収容所が始まりました。月刊朝鮮10回連載された中で、韓国の人権活動家のド・ヒユンさんと北朝鮮の中枢にいる活動家とのSNSのやり取りの日本語訳をNO FENCEのブログに上げました。
 推薦する図書として、韓国で描かれた児童文学「子供達の朝鮮戦争」、作家ボン・ジョンの朝鮮戦争の実態を知ることのできる「モンシル姉さん」「藁屋根のある村」。「オンヤンイ(온양이)」韓国の絵本ですが、興南からの撤退の物語です。そして「国際市場で逢いましょう」の映画や、ネットでは朝鮮戦争のドキュメンタリーの動画で見ることができます。

 申し上げたいことは日本人というのは朝鮮戦争の悲惨さを全く知らなく、朝鮮戦争では特需で非常に得をし、日本の朝鮮支配があり統一の責任があります。できる限り勉強して南北統一のために責任を果たさなければならない、そんなことを感じています。