一般社団法人
アクション・フォー・コリア・ユナイテッド

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「ソンジュの見た星」オンラインセミナーを開催しました

2021/01/28

 1月17日に脱北者の李ソンジュ氏を招き、「ソンジュの見た星」というタイトルでオンラインセミナーを開催。当日は80名を超える視聴者の方が参加しました。
 今回のオンラインセミナーのタイトルでもある「ソンジュの見た星」ですが、元々はソンジュさんが英語で書いた、”Every Fallen Star”の邦訳であり、日本でも2018年に発売されています。

 まずは、AKUJapan代表の川崎栄子氏から、ソンジュさんの紹介がありました。
 川崎氏はソンジュさんを「多くの脱北者の中でも特別な存在。平壌に住んでいた一家が言われのない罪を被せられ、地方へ追放された後、食べていくことができない状況に、父親が食料を得るために家を出、そのあと、母親も食料を探しに家を出たままいなくなった。4年間、浮浪児として過ごしたあと、韓国へ渡り、自由の社会にきた後の人生は、脱北者だけでなく、全ての若者たちが見習うべき人生だと感じる」とソンジュさんの人生を紹介しました。

 次にソンジュさんから、北朝鮮での経験や、韓国で定着しながら経験したことを振り返りながら、お話がありました。
多くの内容から、要点を抜粋します。

―北朝鮮という国とは
■朝鮮半島は小さく、その中でも2つの国に分かれている。2300万人の北朝鮮の人々が多くの被害を受けている。平壌とそれ以外の地方では暮らしに明らかな差がある。
■平壌とそれ以外の地域は大きな差がある。下の写真で真ん中に見えているのが大同江ホテル。下の写真は平壌の外。家ごとに煙突があり、石炭や気を炊くもの。



―平壌で過ごした幼少期。そして、地方への追放
■自分が脱北して依頼平壌は発展したが、それ以外の地方は発展していない。
■父親が軍人であり、ソンジュさんの小さい頃の夢も軍人だった。父親は金日成の死後、3年間、権力の近くにいたがお酒の席での「北朝鮮にはもう希望がない」が当局に通報され、地方に追放。軍人としての職を失った。
■地方への追放の道すがら「どこに行くのですか」と聞くと、「休暇にいく」との返答。しかし、平壌から地方への電車には窓がひとつもなかった。止まる駅ごとに、物乞いがいた。
■平壌にいたときは、世界で一番幸福な国だと思っていた。しかし、汽車から見た北朝鮮は、自分が知っていた北朝鮮ではなく、父に「ここは北朝鮮ですか」と聞くと、「これが北朝鮮の現実だ」との回答。



―地方での生活
■両親が行く工場には電気が通っていなかった。山に行き、木を切り、稼いだお金でとうもろこしの皮を買う生活。
■一番辛いのは何かというと、お腹が空いた時に勉強をすること。先生が何か書いても、それがパンやお餅に見える。



■ある日、友人たちと仲良く過ごしていたら、校長先生が「1年生以外の2~4年生を運動場に呼び、「死刑を見に行く」と。全校生徒が列になり歌を歌いながら死刑場へ。最初に見た処刑では、死刑囚は2人おり、一人は男性、一人は女性。警察が読み上げた罪は「国家反逆罪」工場の銅を盗み、中国に密輸をしようとしたことが理由だった。警察が合計9発をそれぞれに打ち込み、死刑囚は血まみれになっていた。夜、ご飯も食べることができなかった。ちょっとした物音が鳴っても、その死刑の場面が思い出された。
■学校に行かずに、父親と山に登って木を切るようになる。ある日、山に登った時に父が蛇を捕まえ、スープにしたが、それが美味しかった。それ以来、蛇の味を知ってからは、薬草が目に入らなくなる。
■ある日、父親が外に出て、1週間しても戻ってこなくなる。3ヶ月ほど経って、一つひとつ、家の中のものを売っていった。次に母親が手紙をおいて出ていくことになる。塩と水だけで5日だけ過ごし、朝起きると目が見えなくなっていた。栄養状態が悪くて、水としおだけで過ごしたので体が浮腫み、目が腫れて見えなかった。
■友人に助けを求めると、市場に連れていってくれた。「これがお前の食堂だ」と言われたが、要するにそこから盗む、ということ。パンの売り場にいたら、おばさんがパンをくれて「2度と来るな」と追い払われたが、その後、あまりにお腹が空いてパンを盗んだ。罪悪感はあったが、「生きたいのなら盗め」と友人に言われ、そこからコッチェビ(子どもの乞食)になった。
■コッチェビには2種類いる。単身と群れのコッチェビ。群れのコッチェビは助け合って生き抜いていく。3ヶ月行くと、商人たちがものを隠し始めたので、他の地域に移るようになった。
■移った先には同じようなコッチェビ団がおり、自分たちを見て、出ていけ、と言われた。戦って勝てば、自分たちの縄張りにできるし、負ければ出ていくしかない。5回ほど戦いに負けた後、相手の拳が見えるようになり、戦いに勝った。友人が国を救ってくれたかのように喜んでくれた。
■群れで4年間コッチェビ生活をした。その中で友人2人を失った。友人は共同農場に盗みに入った際、警備員に叩かれて死んだ。コッチェビは死んでも身元が確認できないので、生きていても死んでも同然の扱いだった。これ以上浮浪児の生活はできない、と、最初に追放された鏡城(キョンソン)に戻った。その時は14~16歳になっていた。

―祖父との再会。そして、脱北
■2002年、鏡城駅前で薬草を売っているおじいさんが私に声をかけ「ソンジュではないか」と呼んだ。そして、父親、母親、私の誕生日と父親と母親の誕生日を言い当てた。最初は占い師かと訝しがったが、一緒におじいさんの家に行くと、父、母の結婚式の時の写真が飾ってあり、本当に自分のおじいさんだ、と気づく。
■おじいさんは 96年頃に家族が追放されてから、ずっと手紙を送り、家族を探していた。98年にようやく平壌に行くことができ、ソンジュさん一家が平壌を追放され、父と母は家を出て、子供はコッチェビになった、ということを知った。駅前で会った日のように、毎週日曜日にソンジュさんを探していた、ということだった。
■山奥でお祖父さんと山羊を飼う生活をしていると、父親の友人だという人が訪ねてきた。最初は疑うが、その「友人」についていく。ブローカーが警備隊にお金を渡し、豆満江を渡ると、さらに「友人」だという男が待っていた。その男に父親はどこにいるか聞くと、「韓国」にいるという。
■その男に、写真撮影のスタジオに連れていって、大連へ。「大韓民国」と書いてあるパスポートを渡してもらう。駅でパスポートを検査し、通過したがその人もブローカーだった。そのような過程で脱北するのに、韓国のお金で2000万ウォンくらい合計でかかったという。
■生まれて初めて飛行機に乗り、大韓民国へ。空港におりパスポートを審査する過程で、警察から手錠をはめられ、別の部屋に連れて行かれた。どこからきた、と聞かれて、「朝鮮民主主義人民共和国から来ました」。と答えると様々な取り調べがあり、国家情報院に連れて行かれた。
■そこで父親と会うことができた。言葉が出ず、ひたすら泣いた。父親も泣き、周囲の人たちも泣いていた。

―自由の国で、希望の実現。
■2003年イギリス外務省の奨学生として選抜され、イギリスに向かう前に韓国のイギリス大使館で奨学金をもらう。
■テレビでも話をし、カンファレンスで話をした。また、2014年に英語で”Every Fallen Star”という本を書いた後に、その後に日本語でも翻訳された(「ソンジュの見た星」)。自分が夢を見出し、その夢に向かって進んだ話を本の中に書いてある。
■また、韓国で英語の勉強法の本も出版。自分の英語学習法を細かく掲載している。
■強調したいこと。それは、私たちに希望がある限り、夢は消えないのだ、ということ。非常な苦労話である、と考えるのもいいのだが、脱北をし、アメリカで博士課程にまで進んだその原動力は何か、という部分を見てもらいたいと切に願う。




脱北後の様々な活動について語るソンジュさん


非常に力強いメッセージを聴衆に投げかけた

―質疑応答
■脱北の後トラウマを経験したり、精神的に不安定になったりしたときはありましたか?
―もっとも大きなトラウマは死刑に対するトラウマ。韓国にきてもそれが蘇っていた。車の運転のクラクションの音を聞くたびに、死刑の時の銃声を思い出した。友人たちには不思議がられたが、そのような理由があった。
クラクションにびっくりすることは収まってきたが、祝日に爆竹で遊ぶことがあるのだが、それをやるとトラウマが蘇ってくることがある。

■アメリカの生活で大変なこと、韓国人女性との結婚生活、将来の夢など教えてください。
―英語で討論したり、学び、論文を読み書きしたりするなどと大変なことは多くある。奨学金で暮らしているので、経済面で不足なことはあるが、北朝鮮に比べると天国だと感じる。
また、昨年結婚し、6月に子供も生まれ、家庭生活を楽しんでいる。北朝鮮の男と韓国の女性が結婚したので、一足先に統一の準備をしている。それも簡単なことではない。喧嘩をしても仲直りをし、相手の行かないところにも目を瞑り、これが統一の実践ではないかと感じる。論文がまとまり、博士号を獲得したら、南北統一に寄与する分野の研究をしたい。紛争分析解決学、を学んでいるが、北朝鮮と韓国に関する紛争の解決を研究していきたい。

■南北統一は日本、アメリカの協力があれば豊かになると考えるが、中国共産党、ロシアが関与するとこれが難しくなる。日本との連携をとっていかなければならないと考えるが、その点はどうか。
―個人的な考えだが、南北統一は韓国と北朝鮮が当事者であり、南北が主導しなければならない。そして、周辺国家、特にアメリカや日本のサポートが不可欠である。北朝鮮の住民が夢見る統一は自由民主主義国なので、アメリカや日本のサポートが必要。当然、中国ロシアは自分たちの体制に有利な南北統一を望んでいると思うが、今、特に韓国の国力は分断、開放直後の国力とは違うので、他の国によって左右されるポジションではないと考える。韓国の保守の方々は日本との協力が大切だというが、だからと言って南北の統一が周辺国の許諾を得なければならないことだとは思わない。統一韓国、朝鮮半島が周辺国に害にならない、ということを周辺国に続けて説得しなければならない。そのプロセスで協力が必要である。

■現在の韓国の政治の中心にある主体思想派の人々は、北朝鮮の状況をどのくらい理解していると思うか。在米韓国人に期待が持てるか。
―主体思想派に対してどう理解しているかが必要だと考える。韓国においてもかつての独裁の時代があり、独裁に対して代替案として持ってきたのが主体思想派だったと考える。主体思想派の人々は、主体思想派に対する理解が不足している、と考える。当時の独裁政権を批判するため、そのあとは方便として利用したという側面があると考える。この人たちが民主主義のために戦ったという人たちであれば主体思想とは相容れない。なぜならば、主体思想とは民主主義とは別のものだから。簡単に整理すると、韓国に置いて主体思想を口にしていた人たちは、権力を握るために北朝鮮という変数を利用しただけだ、と考える。

■南北統一は課題があります。大きいコストがかかり、難しいと考えるが、現在の課題は何があるか。
―統一コストを考える前に分断費用も考える必要がある。分断ゆえに支払わなければならないコストは膨大なものがある。実例としてあげると、盛んに学び研究して、その国の名前をとどろかせるはずの若者が軍隊に行かなければならない。そして、分断状況ゆえに外国の資本は憂慮して韓国への投資を控えるということもある。これ以外にも分断ゆえに発生しているコストがたくさんある。分断ゆえに発生するコストは投資ではなくて費用としてかけ捨てられていくコストである。結果に対しては、分断のコストは安全を守るためのコストだという人もいるが、統一のコストを指摘するが、投資だと考えればいいと考える。適切な投資は未来の世代の食い扶持を作っていくことになる。
統一のコストは投資になりうるが、これを恐れると永遠に分断のコストを払わなければならない。統一の投資をするのか、分断のコストを払い続けるか、それを選ぶ必要がある。

■北朝鮮のクオーターです。北朝鮮がまず民主化して、韓国と共生した方がいいと考えるが、やはり統一した方がいいのか。どう考えるか。
―それは正しいと私は思う。あくまで一朝一夕になるというものではなく、多くのプロセスを経てなされる統一を考えている。ただ、今の北朝鮮の金正恩の体制のもとでの統一は考えられない。金正恩体制が崩れて、新たな体制が立ち現れない限り、北朝鮮の民主化は考えられない。

■理想的な統一はどういうものか、実体験として得たものを通して、実質的な経験を通したビジョンに対して知りたい。
北朝鮮が推進している高麗民主連邦共和国についての話も聞きたい
―実際のところ韓国、北朝鮮の統一案それぞれを学んでみると、共通点が多い。それ(高麗民主連邦共和国)を持ち出さなくても、南北それぞれの統一案の共通点はそれぞれが望んでいるものではないかと考える。政治的な統一案よりも大切なことがある。韓国に来て以降、サポートしてくれるボランティアの方々はかなりいる。ボランティアの方々とは友人には成れない。ボランティアの方々はサポートする、助けようとするのみであって、相手から学ぼうという意識はない。友人というのは違う。互いに学び、互いに助け合う。一番実践的な統一案は何か、韓国に住む脱北者と韓国人たちが一緒に住む、ということ。その方法が一番実践的で現実的だと思う。友人になるという人に大切なことは、ともに夢を抱く、ということ。その夢を現実にしていく。朝鮮半島の統一において、それを実現するために、ともに夢を抱いて、現実として動いていく。もし、この映像をご覧になっている韓国の方、脱北者の方がいたら、支援者にならず、友として共に歩む存在になってほしい。

■脱北者にとって、留学するには経済的負担が大きい。推薦する奨学金などはあるか。
―韓国籍であれば、イギリスであればチーヴニングという奨学金。アメリカの外務省の奨学金がある。アメリカの博士課程であれば、フルブライト奨学金がある。この奨学金制度は韓国籍であってこそ利用することができる。日本国籍である場合はわからない。

■北朝鮮の民主化に対する方法
―韓国でも多くの研究者が頭を悩ませている。北朝鮮に情報を流入させることが重要。刺激的な金正恩政権に対する誹謗よりは、北朝鮮の人々があたらしい世界があると夢を描ける情報が必要。北朝鮮の人たちが外の世界について知って、それから今の体制が誤っているということに気づくということ。北朝鮮の人々自らが現政権を批判することが大切。北朝鮮の強権政治のもとで、今の政権の体質をどのように批判できるか、ということになると思う。そのような構造があることは事実だが、北朝鮮で市場経済が力を持つ上で、構造が弱くなっている。市場を通じて新しい世代ができてきている。新しい世代に向けて外から送る情報は、あなたたちの未来は自分たち自身で決めなさい、その準備があれば私たちはサポートできる、という姿勢をとり続けること。北朝鮮内部の民主主義を誘導するならば、北朝鮮の内部の人自身が、民主主義とは何か、ということの知識が必要。エリート層たちが、北朝民主主義が答えであり、新たな体制を作るときにそれが、民主主義が正しいという確信を植え付けることが大切。そうしたエリートたちと新たな世代、一般の人民たちが出会った時に新たな世界を作ることができると考える。一朝一夕にできることではなく、時間がかかることである。この方法が一番安全であるし、北朝鮮の人たちが自らその選択ができるということで安全であると考える。

■李ソンジュさんのようにコッチェビが大学に進学し、博士号に進んだのはどれくらいあるか。博士課程を修了した人はどのくらいいるか。
―私が知っている人は1名のみ。キムヒョク氏という方が博士課程を終えて博士論文を書いていた。

■コロナウイルスによってアメリカもロックダウンを経験したが、北朝鮮にはどれくらい影響を与えたか。
―北朝鮮の表向きの統計ではかかった人がいない、と言っている。しかし、北朝鮮に住んでいる人から聞いた話では、コロナにかかったことに気づかずに死んでいる、ということである。コロナ患者が見つかれば、当局がその人を運んでいく。功を奏した、ということであれば家に戻すし、そうでない場合は骨壷をもらうことになる。実際のところ、コロナウイルスは北朝鮮全域の経済にも影響を与えており、中国との国境が閉ざされ、国境沿線の人たちは食っていかなければならないので密輸をしている。中国のコロナが北朝鮮に入りもするし、その反対もある。北朝鮮は自国内のコロナ患者が何人だと出してもそれは信じるに値しない。

■経済制裁が最初に解除されて、その努力をしなければならないという声が上がっていますが、どう考えるか。
―北朝鮮自身が核開発をやる中で、国際社会の制裁を招いている現実がある。北朝鮮が核開発をする理由は、公式には外の世界が侵略するのでそれに対抗するための手立てとして核が必要だという理由。それはただの口実であって、政権を維持するために開発をしている。国際社会が政治的経済的に制裁を加えたが、そういうあり方が変わらない限り、制裁は解除されてはならないと考えている。核を放棄するから体制保障をしてほしい。1つは外部から体制に対して攻撃を加えるとき、2つ目は内部から攻撃があるとき。外からわざわざ体制に手出しすることはない、内側から金正恩体制に攻撃があったとき、それを外部世界が守らないといけないことがあるのか。このように見ると、北朝鮮の核開発が体制を守るということがわかると思いますし、これを放棄した、それならば国際社会も(制裁を)放棄する、という風に、ステップバイステップでやることが必要。

■統一が助けになると強調しなければならないが、統一が周辺国にどのようなインセンティブを与えることができるか。
―周辺国に統一朝鮮が利益になると言ったが、周辺国が憂慮するのは朝鮮半島の核である。統一した朝鮮半島は非核化を志向するべきであり、そうなるべき。朝鮮半島の地政学的位置からして、海洋勢力と大陸勢力をうまく橋渡しする役割をすることができる。今は北朝鮮という存在がブロックしているので、釜山港に荷物が入ってきても、海、もしくは飛行機で運ばなければならないが、統一をされたならば、シベリアを通じて世界に運ぶことができる。運搬のコスト、時間を短縮できる。

 と言った内容が議論されました。