一般社団法人
アクション・フォー・コリア・ユナイテッド

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南北共同連絡事務所爆破事件から見えてくるもの

2020/07/07

■朝鮮戦争勃発70周年前の緊張激化
 朝鮮半島を灰燼に帰した同族殺し合いの朝鮮戦争勃発から70周年を控えた今年6月16日、軍事境界線から近い北朝鮮の開城に位置する南北協力の象徴「南北共同連絡事務所」が北朝鮮の金正恩労働党委員長の実妹、金与正党第一副部長の指示によって、木端微塵に爆破されるという事件が起きた。
 2018年初めの平昌冬季オリンピックに合わせ、金委員長の特使として金予正党第一副部長が韓国を訪問、文在寅大統領とも会談し、「平和の使者」の役割を果たした。それが一転、今度は、5月31日、韓国内の脱北者団体による金委員長非難の大量ビラ散布を契機にハトから鷹に変身、文在寅大統領を口汚くののしる言葉に始まり、南北決別、対南軍事行動の警告と、立て続けの強硬姿勢を見せ、ついに南北共同連絡事務所の爆破に至った。

 「爆破女」とまで揶揄されるにいたった金与正第1副部長の変身ぶりに対し、彼女自身の性格や政治的立ち位置についてマスコミは大騒ぎして分析、報道していた。だが、その過激な行動様式は決して彼女自身の性格によるものではない。金委員長と北朝鮮指導層全体の意思決定を担わされたにすぎない。そのことを裏付けたのが、朝鮮戦争70周年の直前の6月24日に、予告の軍事行動を突然、留保すると言いだしたのだ。前日の金委員長主宰の党中央軍事委員会の予備会議での決定事項を伝えたにすぎない。
 金委員長の委任を受けた形で対南軍事行動を予告、具体的に開城や金剛山地区への軍隊進出、38度線付近での軍事演習再開など、韓国側も黙って見過ごすわけにはいかず、韓国軍は強力対応すると応酬、南北間で一触触発の危険な状況が生まれた。米国も事態を傍観できず、空母2隻、最新鋭偵察戦闘機を繰り出した。6月25日、朝鮮戦争70周年を目前にした南北緊張激化に、世界がかたずをのんで見守るばかりであった。

 軍事行動留保の知らせに世界はほっとした。韓国国防省は「緊張緩和に役立つ」と歓迎した。
 一方、北朝鮮側も、例年は米国を糾弾する大規模な群衆集会を開いていたが、今年はなかった。また、25日からは、あれほど韓国側をののしっていた朝鮮中央通信や中央テレビ、労働新聞など主要メディアが一斉に対南非難報道をやめた。
 これによって南北間の信頼関係が回復し、再び、南北交流と協力、対話が復活するかといえば、難しい。なぜなら、北朝鮮による韓国非難攻撃は、単なる一時的な感情爆発表現ではないからだ。
 北朝鮮の文在寅政権に対する非難攻撃は根深いものがある。

■2回目の米朝首脳会談失敗が遠因
 2017年の朝鮮半島戦争危機の状態から、2018年3度にわたる文在寅大統領との首脳会談、トランプ大統領との首脳会談、習近平主席との首脳会談をこなしていた時の金委員長の態度は、喜色満面、余裕と自信が満ち溢れていた。核兵器完成を宣言しながら、世界に完全な非核化を約束し、これからは、経済集中路線をとり、人民の生活向上に力を入れる。そのために経済改革、開放も今まで以上に進める、という期待がもたれた。父親の金正日総書記の「先軍政治」を乗り越えて、父親が成し遂げえなかった「社会主義経済強国」を作り上げるという自負が見受けられた。 

 しかし、2019年2月のベトナムハノイでのトランプ大統領との2回目の米朝首脳会談の失敗により歯車が狂ってしまった。非核化を要求するトランプ大統領の強硬姿勢の前に、なすすべがなかった。行動対行動、段階的非核化路線にブレーキがかけられた。国連制裁は維持されたまま、トランプ政権は、オバマ政権と同じ「戦略的忍耐」で、実質的な非核化のための対話以外は無関心を装うことに徹した。せっかく、核実験と大陸弾道弾(ICBM)モラトリアムを実行したのに、何の見返りも得ることができない。

 新型短距離ミサイルをいくら打ち上げてもトランプ大統領は振り向いてくれない。制裁は解かないのに非核化のための実務交渉には出てこいと要求されるばかり。にっちもさっちもいかない状況の中、経済状態は悪化するのみ。今年の労働党創建75周年に向けて策定された「経済発展5カ年戦略」も実現できない。足元の人民の生活は困窮が増すばかりだ。880万トンの穀物生産を目指したが、とても無理。食糧不足が深刻化し、1994年当時の大量飢餓死にまで行かなくとも、相当苦しい状況が伝えられる。

■危機意識強める金正恩委員長
 長年敵対してきた米国との和解、国交正常化などで、制裁解除、西側からの経済支援を取り付け、経済成長につなげるという見通しが完全にダメになってしまった。
 米国との対話で少なくとも敵対視政策をやめさせ、平和な環境作りのため「終戦宣言」さえしてくれれば、軍備増強財政を経済に振り向けることができるのに、それもできない。制裁解除がすぐ解除されないなら、開城工業団地事業、金剛山観光再開などで外貨稼ぎができるのに、それも米国の許可なくしてできない。このままでは、経済が行き詰まり、人民の不満が爆発しかねない。そうなれば、金正恩政権の基盤が崩れる。この危機意識から、韓国への期待外れと不満が一気に高まったのだ。「民族をとるのか、米国をとるのか」と文政権に迫ったのである。

 頼りのトランプ大統領への期待と信頼も薄らいでいる。しかし、秋の大統領選挙で民主党のバイデン氏が勝てば、もう終わりである。トランプ大統領の取引主義、気まぐれな性格、自己顕示欲などから、金委員長と蜜月関係を演じてきたが、賞味期限が切れかかっている。
 北朝鮮の現在の対南強硬路線は、すべてがうまくいかず、期待を持たせた国民の不満の声を聞かざるを得ない金委員長の焦りと危機意識の産物であり、決して金与正第一副部長個人の次元での変身などではない。したがって、いったん対南軍事行動を留保したものの、いつ再び韓国への挑発を行うかは予断が許さない。文在寅政権は90年代以降の「脱冷戦時代」に適用できた太陽政策の夢から目覚め、米中新冷戦時代の今、真に「朝鮮半島平和プロセスの道」を新たに構築せねばなるまい。(東アジア総合研究所理事長 姜英之)