オペラ歌手の田月仙さん(在日僑胞2世)インタビュー「朝鮮半島の悲劇、理解と愛で克服を」

2019/09/18

8月15日韓国のKINTEXにて開催された「AKUフェスティバル」の舞台で田月仙さんが「高麗山河わが愛」「アリラン」を歌っている


 8月15日に韓国・ソウルで行われた「AKUフェスティバル」でも素晴らしい歌声を披露されたオペラ歌手の田月仙さんのインタビューを紹介します。
http://kdtimes.kr/news/view.php?no=1090

「私は、二つの祖国がある。一つは私を生んでくれた所であり、一つは私に人生の魂を入れ、私が埋められる所である。私の夫が埋められ私も埋められる祖国、この地を私の祖国だと思っている」

 これは南も北もない、日本人として朝鮮の最後の皇太子である英親王と政略結婚がなされ皇太子妃になられた李方子(梨本宮方子/ 1901-1989)女史が残した言葉です。

 朝鮮半島分断の痛みと悲劇はこのように私たちの民族はもちろん、韓日関係にも深く複雑に渦巻いています。悲運の李方子女史の生涯を扱った日本のオペラ劇「朝鮮王朝最後の皇太子妃」(The Last Queen)の主演俳優でプロデューサーでもあるオペラ歌手の田月仙さんは、「日韓間の痛みとその中であっても和合を成そうとされていた朝鮮王朝最後の皇太子・皇太子妃の心を伝えたかった」と語りました。

 在日同胞である田月仙さんがすべての台本を直接書いて完成したこのオペラ劇は、日本で公開されるとすぐに日本の観客の関心を集め、多くの称賛を受けました。全席売り切れになり再演はもちろん、昨年春の大阪の公演に続き、来る秋には東京公演を控えています。

 彼女は「韓国から公演を見るために来られた方も多く、韓国人、日本人に関係なく多くの観客が涙を流しました。痛みを受け止めながらも和合のために努力した彼らの真心を、今も葛藤し対立する青年世代が新たに見つめ直してみてほしいです」と語りました。

■韓日関係の悪化が残念
 最近ひどくなっている日韓関係の悪化についてやるせなさを吐露した田月仙さんは、このオペラ劇の韓国上映が実現するために、関係者と協議を継続しています。

「李方子女史は韓国解放(終戦)後も夫の英親王が故国の地を踏むことができるよう助けました。一緒に韓国に入国したにもかかわらず体が良くなかった夫が間もなく世を去った後も、独り身でそのまま韓国に残り、死ぬ日まで障害児を支援する福祉事業を営みました。日本人という身分のため時には軽蔑を受けましたが、たどたどしくも朝鮮語を学んで韓国人に近づこうと努力され、本人自ら朝鮮の最後の皇太子妃としての責任を果たすために一生を捧げた後、韓国の地に埋葬されました」

 田月仙さんは李方子女史の生涯を研究し、台本すべてを直接作り、方子様の15歳から87歳までの人生を自ら演技することにより、日韓和合の架け橋の役割を果たそうとしました。 3・1運動100周年に合うと同時に反日感情が高まった今、田月仙さんのメッセージに耳を傾けるようになることでしょう。


3月に大阪で公演したオペラ、ラストクイーン(朝鮮王朝最後の皇太子妃)のポスター(公式ホームページ www.lastqueen.net

「最も残念な点は、韓国政治も日本の政治も相互間の感情的な部分を状況に応じて、政治的に利用するという点です。いざ一般市民に会ってみると、そのような排他的な感情は大きくないのです。韓日文化交流が活発になったので、日本の人々は韓国人と韓国文化に対して非常に友好的であり、韓国人も日本に頻繁に訪問して、お互いを理解して親交を築いてきました。韓日関係が政治的な計算に振り回されてなければと思います」

■もう一つの離散家族、北送船に乗った在日同胞
 在日韓国人2世として、日本生まれの田月仙さんは、1994年にソウルの地を初めて踏みました。ソウル定都600周年を記念し、主演のオペラ劇「カルメン」がソウルの公演に招待されたからでした。
 しかし、これより9年前の1985年には、田月仙さんは韓国より北朝鮮を先に訪問しました。金日成主席の招待によってでした。

「両親があれだけ望んでいた故郷の地(朝鮮半島)を、私が踏んだのは韓国より北朝鮮が先でした。実は、これには複雑な家族の事情が絡み合っています。北朝鮮は日本に居住する韓国人を対象に、1959年ごろから北送事業を大々的に行いました。日本にはもう未来がない、北朝鮮で数年間仕事をすれば(経済的に)、さらに成長することができる、などの偽りの扇動をしたのです。ナイーブだった私たちの両親もその言葉を信じて、兄四人を北送船に乗せて北朝鮮に送ってしまいました。それから25年余りの歳月が流れた頃、日本で声楽家としての地位を得た私に平壌から招待状が舞い込んできました。金日成主席の誕生日記念の公演に立ってほしいという内容だったのです。どんなことがあっても兄と会わなければならないという使命感と、毎日のように兄の境遇を心配されていた母の心情を考えて訪朝を決心しました」

 田月仙さんは、平壌公演のおかげで兄たちと個人的に会える機会を持つことができました。しかし、それは兄との最初で最後の出会いになってしまいましたし、それ以降は収容所に送られて出てきたことを聞いた以外は今でも兄の消息を知りません。複雑で困難な家族史をそれ以上語ることは難しいようでした。

「悲劇です。朝鮮半島分断の悲劇です」

■南・北・日首脳の前に立った最初の歌手
 1985年の平壌公演があったのち、北朝鮮から重ねて招待が続いたが田月仙さんは応対していなかったと語りました。実際、両親の故郷(韓国)に行く機会を永遠失ってしまうかもしれないと心配したのがその理由でした。北朝鮮公演後の韓国訪問を楽しみにしていた田月仙さんは「北朝鮮に先に行ってしまったのに韓国が受け入れるはずがない」と言う周りの人たちの否定的な意見が多かったにもかかわらず、9年ぶりに韓国の地で開催できたソウル公演は夢のようだったと語りました。

「私は日本で朝鮮学校を通っていたとしても、私の両親は韓国出身ですのでいつか故郷に行けることを願っていらっしゃいました。その夢が叶ったのです。しかし、ソウルに到着して降り注いだ質問は、『北朝鮮になぜ行ったのか』『なぜ日本に住んでいるのか』『韓国国籍に転向したのか』などでした」

 反日・反共意識がすべてにおいて強かった当時は、日本で朝鮮総連系朝鮮学校に通い、平壌公演にも行ってきた田月仙さんに、友好的な感情よりも思想的な疑問や敵意が大きかった時代であったのです。

「日本の朝鮮学校に対する誤解があります。初め朝鮮学校ができる時には、南・北の区別はなく、単に『一つの韓国』の人々が作った民族学校でした。韓国人は様々な迫害の中でも、私たち韓民族の言語と文化を忘れずに教育を受けなければならないという使命感により、大部分が民族学校に入りました。ところが、戦争によって南北が分かれて理念葛藤が深刻になり、60年代後半、つまり私が小学校3年生ぐらいのときに、突然、朝鮮学校が朝鮮総連系に吸収され、金日成主義教育が実施され始めましたのです。韓国の状況を実感していなかった私たちの世代は何か変だという感じを受けながらも、ただ教えられるまま学んでいくしかありませんでした」

 田月仙さんは、ソウルを訪問後も音楽活動を続け、2002年韓日ワールドカップの時には小泉純一郎前首相の招待を受け、金大中大統領の前でも公演することができました。

「金大中大統領は、日韓関係の回復のために努力しましたし、当時の小泉首相もワールドカップ開催を契機に金大統領を首相官邸に招き、歓迎行事を開きました。その時、私はその場で独唱を披露し、南・北・日首脳の前で公演した最初の歌手で記録されることになりました」


2013年に放送された韓国KBSスペシャル「田月仙」(出典=KBS放送画面)

■離散した韓民族、アリランで一つになれたら
「南も北も/どこにいようとも親しい兄弟ではないか/東や西であろうと/どこにいようとも懐かしい姉妹ではないか」

 田月仙さんの代表曲の中で一つである<高麗山河私の愛>の歌詞です。在日同胞の視点から見る朝鮮半島の悲劇は、南北にのみ存在するのではなく、東西にも続き、全世界の同胞たちの生活の中に残っているのだと話しました。

「これまで数多くの公演をしてきました。日本、アメリカ、中国、ロシアなどのあちこちを回ってきたのですが、この歌を歌うたびに私たち同胞は涙を流しました。最も痛切に朝鮮半島の悲劇を感じたときは、平壌とソウルを順番に訪問した直後でした。分断の痛みと現実が肌に感じたからです。それ故に、この歌をもっと歌うようになりました。和解と平和のメッセージが東西南北に拡がっていったらと願っています」

 田月仙さんは、今年初旬、日本で「アリラン架け橋の会」という団体を設立し、会長を務め、アリラン公演の拡大を企画しています。今後2020年の東京オリンピック・パラリンピックを期して、日韓友好と朝鮮半島の平和を願う「アリラン祭り」(仮題)を広げる計画ですが、そのために韓国と日本を行き来しながら、芸術分野の関係者たちに会っています。

 「アリラン」は日本人にもよく知られています。田月仙さんは、「韓国、北朝鮮、日本、そして同胞皆が共有している精神がアリランです。アリランこそ韓国と日本、世界をつなぐ橋となります。私は音楽家として私ができる分野での役割を果たし、韓国の統一に貢献したい。」と抱負を語りました。

 彼女が歌う「アリラン」「高麗山河わが愛」、直接熱演を演じた創作オペラ「朝鮮王朝最後の皇太子妃」などに至るまで、芸術的な歩みをふり返ってみると、韓国の歴史と無関係なことではありません。彼女の人生と努力が伝える切実なメッセージに今の世代が応えないといけない時ではないでしょうか。(文責・事務局)


田月仙さんのアリラン公演の映像(出典=田月仙公式YouTubeチャンネル)