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アクション・フォー・コリア・ユナイテッド

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時事解説 「第2の行軍」は先軍政治ではなく「委任政治」で乗り切れるか?

2020/09/11

■制裁、コロナ禍、豪雨の3重苦に打ちひしがれる人民生活
 北朝鮮の金正恩政権が9年目にして、抜き差しならぬ危機に陥っている。2018年に南北首脳会談や米朝首脳会談で朝鮮半島の平和と非核化交渉において前進がみられたものの、2019年のベトナムでの第2回米朝首脳会談が決裂に終わり、非核化交渉はとん挫。北朝鮮があれほど望んでいた国連安保理制裁措置は解除されなかった。トランプ政権の「先非核化、後制裁解除」の圧迫政策は継続され、北朝鮮の経済苦境は深まる一方であった。
 金正恩労働党委員長は、米国の強硬姿勢に対抗するかのように「新しい道」の選択、つまり一時停止状態の核実験、長距離弾道弾ミサイル発射実験の再開をほのめかし、昨年末の労働党中央委員会全員会議においては「正面突破戦」を繰り広げると宣言するなど、強硬路線復活で小康状態を保っていた朝鮮半島情勢が再び緊張激化の局面を迎えるとの兆しを見せた。

 だが、金正恩委員長がいったん納めた剣を抜けば、先制軍事攻撃も辞さないとするトランプ大統領の意外な強硬姿勢に金委員長はたじろぐほかなかった。「国家核武力完成」を宣言し核と経済発展の並進路線をやめ、事実上経済集中路線に舵を切った金委員長にとって経済回復のためには制裁解除が必須であることから、米国を怒らせる必要以上の挑発はできない。
 さりとて、黙っているだけでは米国になめられる。苦肉の策として、トランプ大統領の許容範囲内での短距離ミサイルの連続発射で体面を保つのが精一杯であった。そこは、阿吽の呼吸でトランプ大統領は「短距離ミサイルは気にとめない」と金正恩委員長のやんちゃぶりを、みて見ぬふりをして看過した。トランプ大統領の戦術は、戦略目標の非核化のためには「兵糧攻めが効果的」として、北朝鮮の経済疲弊が底をつき始めれば、金委員長が、米国の経済支援に喰らいついてくるという目算があった。

 ところが、金委員長もしぶとい。易々と米国の軍門に下るわけにはいかない。伝家の宝刀とも言える「自力更生の旗」を高々と掲げ、人民に向かって「負けられません、勝つまでは」の究極の耐乏生活を訴える精神主義を吹聴し、経済難局をしのごうと必死であった。
 だが運が悪かった。「泣きっ面にハチ」がごとく、今年初めから全世界的に流行した新型コロナ感染症が襲いかかった。北朝鮮は感染者ゼロという誰もが信じがたい発表を行ったが、何千人もの感染者が発生し多数の死者も出たという報道もあった。その事実はさておき、中国からの感染を防ぐために中朝国境を完全に封鎖した。貿易のほとんどを中国に依存している北朝鮮にとって中国との交易の断絶は、経済の首を締め付けるも同然であった。

 悪運はこれにとどまらなかった。例年より長引く梅雨と激しい豪雨によって土砂災害、住宅被害がひどく、その復旧作業が終わらないうちに、今度は、台風8号、9号、10号が北朝鮮本土を直撃し、特に東海岸地域の江原道、咸鏡南北道では、農耕地、鉱山が破壊され、住宅被害も甚大で未曽有の被害が出た。
 長引く制裁による経済苦境の上に、コロナ禍、豪雨・台風被害が重なり、それこそ3重苦に人民は打ちひしがれる状態となった。

■金正恩委員長自ら、被災地を訪問、復旧作業に全人民動員を呼び掛け
 ここに至っては、金委員長も黙って見過ごすわけにはいかない。特に9月2日~3日にかけ東海岸地域を直撃した台風9号は、咸鏡南北道に甚大な被害を与えた。約1,000世帯の家屋が破壊された。金委員長は5日に自ら被災地を訪れ、あまりにもひどい被害状況の報告を受け、現地で早速党の政務局拡大会議を開催。経済と人民の生活破壊が民衆の不満につながり爆発しかねない危険な状況を察知し、災害からの復旧を「重要な政治活動」としてとらえるべきだと強調した。
 政務局会議の被災地での開催は異例のことで、会議には朝鮮人民軍のトップといわれる朴正天総参謀長も参加し、事態の緊迫性を物語っていた。
ことは単なる自然災害ということで収まる事態ではなかった。金委員長は、事前の安全対策に不備があったことを厳しく指摘し、現地咸鏡南道の党委員長を即刻解任し、後任に党組織指導部の副部長を充てた。

 また金委員長は首都平壌の党員に送った公開書簡で、被災地への支援者派遣のため、平壌の党員約1万2千人からなる支援組織を発足させることを決めた。書簡では、10月10日の党創建75周年と来年1月の第8回党大会に言及し、被災地の早期復興に向けた協力を呼び掛けた。二つの重要な政治日程を成功裏にこなすことができるかどうかは、被災地復興にかかっているだけに金委員長も政治生命を賭けて、人民の支持取り付けに必死なのだ。公開書簡から一日開けるや、全国から30余万人の支援志願者が殺到したことで、かろうじて国民結束の姿を見せることができた。

■米国大統領選挙を控え、正念場に立たされる金正恩委員長
 こうした北朝鮮の3重苦の国難の中、韓国国会では、8月20日、国家情報院が非常に興味深い非公開業務報告を行った。金委員長が実妹、金与正党中央委員会第1副部長ら一部の側近たちに権限を移譲する方法による「委任統治」をしているというものだ。
 報告によると、金与正第1副部長は「国政全般において委任統治している」という。経済政策については前首相の朴奉珠党副委員長と金徳訓首相に、軍事分野は新設の党軍政指導部長に就任した崔富一氏や、核・ミサイル開発を主導してきた李炳哲党副委員長に権限が一部委譲されたという。とはいっても、金正恩委員長が依然として絶対権力を行使しているシステムは変わらないとも分析しており、その点からみて「委任統治」というよりも「委任政治」(鄭成長世宗研究所副所長)という用語が適切であろう。権限委譲の理由は、金委員長の健康不調と関連した「統治ストレス軽減」や経済発展5カ年戦略不振の「責任回避」が考えられる。

 昨年末に新設された党軍政指導部は、軍に対する党の統制を強める目的でつくられたものであり、父親、金正日総書記が推進した軍がすべてに優先する「先軍政治」を修正し、社会主義本来の党国家体制を目指すもので、金委員長の一貫した政策、国政運営方針である。
 1994年に200万人もの餓死者を出した時期に「先軍政治」の旗を掲げ「苦難の行軍」を乗り切った経験に照らし、第2の「苦難の行軍」とも言える難関を「委任政治」で乗り切ることができるか、秋の米国大統領選挙を控えた今、金委員長にとって正念場を迎えている。(東アジア総合研究所理事長
 姜英之)