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キム・ヘリョン 脱北民片親家庭支援協会代表「先駆けて変化を試みた脱北者から希望を見出して」

2020/11/20

 Korean Dream Timesの以下の記事を翻訳して紹介します。
 http://kdtimes.kr/news/view.php?no=1158

 OECD(経済協力開発機構:自由主義経済の発展のために協力を行う機構)加盟国である韓国。数年前に公開された自殺率1位というニュースは、韓国社会に大きな衝撃を与え、人々の心に警戒心を巻き起こした。国民の関心と省察が続き、自殺防止対策があふれ出てきたが、もはや10年以上1位の座をほぼ維持してきた状態である。専門家の分析によると、最大の理由に経済的危機とうつ病などの精神疾患が挙げられた。

 さらにもうひとつ注目するデータがある。国内に定着した北朝鮮からの脱北民の自殺率が一般国民の3倍(各人口対比)に達しているということである。政府の統一部もこの事実を認めており、彼らの自殺の理由は貧困と孤独であり、つまりは一般的な韓国人の自殺の原因と同じ経済的危機と精神疾患であると分析した。

 韓国社会で生まれ育った一般国民も、これらの困難を経験するが、システム・社会・文化などあらゆる面での急激な変化を経験した人々でなければ、その苦労がどれだけ大きいか推測するのは難しいだろう。

 脱北民片親家庭支援協会をリードしているキム・ヘリョン代表は、「脱北民が経済的困難を経験する大きな背景に、大部分が一人きりであり、さらに子どもを一人きりで育てる片親家庭が多いため」と説明した。 一人きりの生計を維持するのも困難ななか、幼い子供を養育し、北韓から家族を連れて来るために2個・3個の仕事を並行して行っているという話だ。

 キムヘリョン代表も北朝鮮での生活をしてきた一人だが、2013年に韓国の地を踏んだ。そして北朝鮮にはまだ家族が残っている。今年で韓国生活8年目に入ったが、脱北民がこの社会に完全に適応するには、8年という期間は短いのだと述べた。(インタビュー・文 ホ・ギョンウン)


キム・ヘリョン 脱北民片親家庭支援協会代表

■韓流が生活に与えた影響
 キム・ヘリョン代表は北朝鮮においては党員の身分だったので、経済・地位的面でゆったり生活をした方だった。平壌大成区に位置する国防委員会直属522部隊所属で軍生活をしたのだが、そこは最高司令官の作戦と戦争予備物資を保管、管理する役割を担っていたところである。それから看護将校も服務していた。除隊後は故郷の両江道恵山市で医療部門に従事した。21歳という早い年齢ですでに党員になっていたので、北朝鮮の生活に大きな不便はなかった。しかしそんな彼女でも脱北するしかなかった理由は、他でもない「韓流」に原因がある。

「両江道恵山は韓国ドラマを多少簡単に接することができる中朝国境地帯に位置しています。韓国産製品やドラマなどが、北朝鮮内で最も多く広がっているところとも言えます。私も韓国ドラマを楽しんで見たし、私の所持していたものを周囲の友人に与えたりしました。そんなある日、友達が取り締まりにあい、私が提供したことが発覚してしまいました。急いで避難するように連絡を受け、そのまま国境を越えることになったことが、結果的に韓国行きにつながりました 」

 キム代表は韓国に来たあと、ずっと罪悪感に襲われていたという。何よりも思いがけず急に来ることになったため、家族を置いて来てしまったという点が心を重くした。

「思いがけず国境を超えることになり、韓国に到着して、国家情報院の方々の案内を受けてソウルに移動することになりました。窓の外の風景もあまり目に入ってきませんでした。家族のことのせいで罪悪感が大きく、全てがあまりにも短時間に起きたことだったので景色どころではありませんでした。夜になってみて、韓国に来たということに少し実感がわいてきました。夜の街が、とても明るかったんです」

■すべてのシステムが異なっていた韓国
 彼女は韓国に定着した後、勉強の重要性に気付かされたという。ハナウォン(北韓離脱住民定着支援事務所)の教育を受けたものの、社会に出てみると思った以上に熾烈な現実をぶつけられたからだ。

「脱北した人たちが共通して苦労する部分です。同じ韓国語を使っていますが、日常でよく使う言葉が違っていたり、外来語もたくさん混ざっていたりするので理解するのが大変です。すべての生活がシステム化されており、韓国人には慣れているコンピュータの使い方も私たちは不慣れです。ハナ院の教育課程は、例えるなら小学生に高等学校の課程を教えるようなものでした。社会に出てみると、その差が大きく感じられ、最初は苦労しました」

 知識や技術が必要だと切実に感じたキム代表は、はじめの2~3年間は資格の勉強に没頭した。当時、そろばん論理関連の資格過程があって学習することになり、資格証を取って小学生を教える放課後授業の講義の機会が生じ本格的に仕事を始めることになった。北から軍生活をしていた履歴と、脱北民という背景も加わり統一講師、民主市民講師などで活動を拡大することになり、現在ではTBN交通放送ラジオ「一つになった私たち、会えた嬉しさ」(英訳:united us,nice to meet you.)に3年目に出演し、北朝鮮の言語と南北の文化の違いなどを伝えている。


「脱北民·片親家族支援協会」の開所式で主要役員と

■死角地帯に置かれた脱北民支援開始
 キム代表が率いている脱北民片親家族支援協会は、今年1月18日の開所式を持って活動を開始した。すでに以前から脱北学生、未婚の母などを支援しており、正式に組織を構成するためにオフィスを構えるようになったのである。約500人の会員で構成されており、放送を通して多く知られている安燦一(アン·チャンイル)世界北朝鮮研究センター理事長、太永浩(テヨンホ)元北朝公使が理事職で組職を支えている。

「死角地帯に置かれた脱北民を助けるため、設立することになりました。昨年8月に起きた脱北民であるハン·ソンオク(韓成玉)母子の餓死事件がきっかけになりました。貧困と抑圧を避け、自由の地に来た人々が韓国に来てもなお、食べものを手に入れられず、孤立して死亡したという事実は、全ての人に衝撃を与えました。ところが、それぐらい大変な思いをして暮らしている脱北民が思っていたよりも多いのです。特に子供を育てる未婚の母親や片親家庭は、積極的に経済活動に乗り出すことも容易ではありません。協会では、今後このような死角地帯に置かれている方々を探し出し、直接相談を受け、救いの手を差し伸べる計画です。具合が悪ければ病院に繋げ、精神的な苦痛にさらされている方々にはカウンセラーを紹介し、生活を維持することに問題がある場合には、物品や支援金、学生の奨学金などを支給します」

 協会は脱北民を支援するための資金を調達するために、様々な芸術公演、トークショー、講演など行う「牡丹峰音楽団」も結成している。キム代表は「周りで苦労している脱北者、そして彼らを助けようとする多くの市民の市民団体が積極的に連絡を取ってほしい」と訴えた。 (※脱北民片親家族支援協会|相談・お問い合わせ電話02-6411-9997)

■北朝鮮住民の変化に注目しなければならない
 軍服務をしていたキム代表は、南北関係の変化をどのように予想しているだろうか。
 彼女は、北朝鮮が核を放棄することはないだろうときっぱり語った。

「私が働いていたところがこの戦闘材料を備蓄し供給するところだったので、私のその経験から予測するとすれば、北朝鮮が核を放棄することはないと思います。北朝鮮はすべての場所がトンネル化されています。トンネル内には材料が完全完備されています。サミットを数回重ねていくごとに、まるで北朝鮮が核を放棄するかのように予測するメディアの報道を見たことがあります。率直に言うと、笑ってしまいました。北朝鮮を何もわかっていないようです」

 北朝鮮の核放棄の可能性を悲観的に見るキム代表は「それでも、北朝鮮の住民の変化には注目しなければならない」と付け加えた。

「多くの北朝鮮の住民が韓国について知っています。韓国衣類や家電製品などを取り寄せバーコードを外して使っても、それが優れた韓国製品と知っていますし、ドラマの内容を見ては、自由な世界を想像します。もちろん、このような疑惑がでてきます。北朝鮮の映像に体制宣伝の目的が反映され、良い部分だけが込められているように、韓国ドラマも体制宣伝のために良い面のみを込めているのではという疑惑です。しかし脱北民の家族が韓国にいる場合、状況は異なります。実際に韓国に来てみるとそれが事実だったと家族が証言した場合、その言葉には信憑性が生じます。単に韓国ドラマに接しただけの場合と韓国にいる脱北民の家族を介して聞いたときの差は大きいです。そのため、北朝鮮住民の変化には脱北民たちの役割が非常に大きいことを強調したいのです」

 脱北民たちが韓国社会全般から疎外されているのは事実だ。キム代表は統一部、南北ハナ財団など多くの国内政策機関のなかで、脱北民が直接介入されて働くことを見たことがないと述べた。実効性のある政策が樹立されるためには、脱北民が証言するレベルを超え、直接政策樹立の過程では一緒に取り組む必要があると主張する。彼女は国内脱北民にも勇気を持って積極的に出てきてほしいと頼んだ。

「準備している人には必ずチャンスがやってきます。命をかけて越えてやって来たその勇気を失わず、自らぶつかって学び、この社会の堂々とした一員になることを願っています。あの体制を捨て自ら自由を選択したんです。ある意味、変化することを望み、初めて実践してみた人たちだということなんです。韓国市民の方々にも、このような脱北民の方々を温かい目で見つめ、手を差し伸ばしてくださることをお願いしたいと思います」。