「ボトナム通り」リニューアルプロジェクト 報告会を実施しました
2022/02/18
2月13日(日)に、昨年12月13日、14日に実施された「ボトナム通り」リニューアルプロジェクト 発足式報告会を開催しました。 報告会は、プロジェクト事務局長である飯田和広からの概要報告ののち、2日間のダイジェスト映像が流され、代表の川崎栄子氏から、プロジェクトの背景、意義と展望が話されました。 以下に要点を抜粋します。―北送事業の経緯■日本の植民地統治が終わった時点で、日本には200万人ほどの在日コリアンが住んでおり、解放後、さまざまな事情で日本に残った人たちがいる。川崎氏自身の家族も、韓国の故郷に戻る準備をしていたが、川崎氏自身が病気になって戻ることができなかった。日本を永住の地として選んだ人たちも当然いる。■1945-46年、在日60万人と言われるコリアンが残り、その後、朝鮮半島の人々の意思には関係なく南北が2つに分断された。分断された朝鮮半島で1950年、朝鮮戦争が起こり、3年間、同族の血で血を洗う戦争が行われ、休戦協定が結ばれた。■南北コリアは廃墟となり、その中から立ち上がる必要があった。38度戦以南には資源がなく、農業が主だった。以北では工業地帯であり、戦後の労働力に穴が空いていた。それをどのように埋め合わせるのか、という段階で在日コリアンの労働力に金日成が目をつけた。■北朝鮮を支持する団体は様々な団体があったが、朝鮮総連と改名し、北朝鮮を支持する団体として固定された。北送事業が決定され、日本の全ての政党やマスコミも協力し、事業が進められた。 北朝鮮人権問題改善のための事業の意義について語る川崎氏―北送事業の問題点■朝鮮総連が北朝鮮を認識させる際に、「地上の楽園」という宣伝文句が使用された。朝鮮総連からの情報のみが頼りとなる在日コリアンは、その宣伝により大きな勘違いをすることになる。1959年12月14日に第一次北送船が出発。その際、日朝親善の意味を込めて30 […]